浪岡 道祐
作品名|Judge
現在の社会における、身体的性と性自認の一致を前提とした規範は、男女という二元的枠組みに限定されない多様なセクシュアリティやインターセックスの存在を排除してしまう。本作は、性別という制度の及ばない身体を持つ境界存在としての「天使」に着目した。ルドルフ・シュタイナーの天使学において、天使は物質体を持たない存在とされるが、人間の次元に引き寄せ肉体を持たせ可視化した瞬間、男女いずれかの身体で描かれ、私たちは無意識に「男性」か「女性」かへと判断してしまう。本作は、その視線の癖そのものを露わにする試みである。画面には赤子の姿をした多数の天使が密集して描かれている。赤子という外見は性別判断の手がかりを股間のみに限定するが、その部分にはモザイクが施されている。鑑賞者は性別を見極める視線を奪われてしまう。また、画面を隙間なく埋め尽くす構成は、性別規範に押し込められる息苦しさや、曖昧な性を生きる人々が抱える圧迫感を象徴する。さらに、距離を取って鑑賞すると、個々の天使は均一なモザイク画の一部のように知覚され、性別への意識は薄れていく。本作は、性別とはどの地点から人間にとって重要な要素となるのかを、鑑賞体験の中で問い直すものでもある。
作品名|Invisible 〜世界の実相は憎悪に覆われて見えない〜
本作は、天使を描いた絵画の上に、OHPシートで現代社会のニュース記事やSNS上のヘイトコメントを重ねる二層構造によって、「見たいのに見えない」という体験を生み出す作品である。制作当時、ロシア・ウクライナ戦争や、SNSに溢れるLGBTQ+への差別的言説を目にし、世界の残酷さを強く意識する一方で、それが世界の本質的な姿なのかという疑問が生まれた。
人々は成長するにつれ、憎悪や暴力が渦巻く現実を「仕方のないもの」として受け入れ、その奥にあるはずの美しさを見失っているのではないか。本作で重ねられたヘイトの層は、世界を覆う一時的な膜であり、いつか取り除かれ、本来の姿が露わになるという未来も連想させたい。
本作は、暴力的な情報に埋もれた現代社会において、私たちが失いつつある「本来の美しさ」へのまなざしを取り戻すことを問いかける。
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